2018年08月13日

稀勢の里と鶴竜が仙台市若林区の荒井地区で復興土俵入りは、本当にありがたい・・・旧荒浜小も訪れたんですか、私の父の墓があの近くにあるんですよ、うれしいねえ

毎年、日本相撲協会は8月に仙台巡業を
行います。

私が子供の頃は「仙台準場所」と言って、
7日間のトーナメントもありました。

近年は1日、2日くらいでちょっと寂しい
ところではありますが、それは他のところ
からも誘いが来ているということですから、
決して悪い話ではありません。

先程、ネットニュースを見ていたら、
今日、相撲協会は稀勢の里、鶴竜を
連れて、仙台市若林区の荒井地区で
復興土俵入りを行ったことが報じられ
ていました。

私の実家は仙台市若林区の南小泉と
いうところにあり、荒井は車で5分も
行けば着く、馴染みの深い場所です。

ここは、実家からは国道4号線を挟んで、
海の近くということもあり、7年前の
震災では相当な被害を受けました。

津波でほとんど、流されました。

ですが、ここ数年、車で通る度に、
復興というよりも、震災以前よりも
家が建つようになりました。

というのも、仙台の地下鉄東西線の
東の終点が荒井地区だからです。

私が小学生の頃の荒井は、本当に
「田んぼしかない」というイメージ
でしたが、今はショッピングセンター
のような施設もどんどん建設され、
もはや「仙台の東の中心地」になり
つつあるんじゃないですか。

そういう場所で復興土俵入りをして
くれたというのは、「ありがたい」
の一言ですよ。

いや、本当に励まされるんです、
こういうのは。

また、復興土俵入りに先だって、
荒井からやや南に行った、荒浜の
方にも伺っては、旧荒浜小も訪れた
というのですから、これはうれしく
なりましたよ。

荒浜は、私が小中学生の頃、自転車で
よく行ったところで、当時は海水浴場が
あったことから、その付近には飲食店や
浮き輪を売る店などが立ち並んでいた
ことを思い出します。

それも、7年前の津波でほとんど流され
ましてね・・・。

震災の翌年、その付近を訪れた時には
衝撃を受けたものです。

本当に「何一つ残っていない状態」
でしたから。

飲食店等、建物という建物はほとんど
流されてしまった。

二階建ての家が数軒残っていましたが、
その一階の部分が津波で流されて、
空洞のようになっていたのですから、
ちょっと言葉が出なかったですね。

唯一、ほぼ原形をとどめて残っていた
のが旧荒浜小でした。

その旧荒浜小は、私も数年前に訪れ
ましたが、現在は震災遺構になって
いまして、稀勢の里と鶴竜も訪れて
くれたというのですから、こんなに
励まされることはありませんよ。

私の父の墓もその近くにありますし。

私も仙台を離れて20年以上になり
ますが、震災の当日はたまたま
仙台にいましたし、「あの時」の
ことは決して忘れられません。

こうして、7年経っても訪れてくれる
のですから、感謝の一言ですな。

「ありがとう」と頭を垂れたいです。



*相撲グッズ、いろいろ紹介して
おきましょう。↓












posted by あらやまはじめ at 21:32| 神奈川 ☔| Comment(0) | 稀勢の里 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする






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