2015年09月04日

若の里が正式に引退表明ですか…「お疲れ様でした」と同時に、隣に座っていた田子ノ浦親方も泣いていたのは、写真を見ただけでウルッと来ましたね

若の里の引退が、ついに正式に発表
されました。

私は今日、スポニチを購入しましたが、
載っていた写真が泣けました。

涙をぬぐう若の里の隣で、やはり涙を
ぬぐっていた田子ノ浦親方。

この一枚、実にいい写真でした。

この一枚を見るだけで、私はウルッと
来ましたよ。

多言はいらない。

まさに、一枚の写真がどれだけモノを
語るのかを、改めて思い知らされた
ような気がします。

この力士に関して、私はいろいろと
思い出すことがあります。

どの場所の、どういうシーンかと聞か
れれば、決定的な一瞬はありませんが、
何より、一時期は毎場所、関脇でねえ、
それこそ「いつ大関になるのか」と
言われていた力士ですからねえ。

朝青龍全盛時代の名力士。

正直、私は当時、従事していた仕事に
忙しく、相撲は今のようには見られ
なかったのですが、そんな時であっても、
若の里の勇姿はよく覚えています。

当時の大関、魁皇との相撲は、同じ
ようなタイプの力士だったこともあり、
熱戦になった一番が多かった印象が
あります。

惜しむらくは、若の里は下位の力士に
取りこぼしが多かったような気がする
のが残念です。

これは、今も昔もそうですが、三役の
常連で大関に昇進できなかった力士の
ほとんどは、下位の力士に取りこぼす
悪癖があります。

今で言えば、先場所の栃煌山なんかは、
まさにそうですよ。

でもねえ、若の里を見ていてもそうです
が、大関になっていたら、もっと早く
引退を余儀なくされていたのは間違い
ない。

ここが、相撲の難しいところでしてね。

横綱はおろか、大関になることも、
果たして「いいのか」と思ったりする 
瞬間があるんですよねえ、大相撲は。

そりゃあ、大関、横綱に上がった方が
いいに決まっていますが、例えば、
横綱の場合、負けが込めば、その先は
引退しかありません。

大関だって、関脇に陥落して、二桁
勝てなければ、一からやり直しで、
負け越せば、平幕に落ちます。

長く相撲を取ることを最優先すれば、
平幕のままの方がいいという力士だって
出てくるでしょう。

若の里だって、大関にならなかった
からこそ、ここまで相撲を取れたと
言えなくもありません。

すべての力士が横綱、大関になれる
わけではありませんからね。

となれば、「第三の道」を考える力士
だって、いて当たり前でしてね。

若の里の場合、十両に落ちても何年も
相撲を取り続けました。

プライドの高い力士だったらそこまで
取らなかったでしょう。

そこを、あえて、プライドをかなぐり
捨ててね、何年も十両で相撲を取った。

ここにこそ、若の里の「偉さ」があり
ます。

まあ、現在の力士に若の里が語れる
ことがあるとすれば、「長く相撲を
取り続けるための術」かもしれません。

若の里の場合、ケガも多かったから、
気の毒でした。

しかし、若の里の功績は、それで
汚されることはおりませんし、むしろ、
一定の力士たちには勇気を与える結果に
なったのではないかと、私なんかは
思います。

誰もが白鵬になれるわけじゃあないんだ。

若の里、長い間、お疲れ様でした。  



*私もこれ、買いました! 若の里と
旭天鵬の表紙、これは、永久保存版
です! ↓






posted by あらやまはじめ at 21:13| 神奈川 ☁ | TrackBack(0) | 若の里 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする






「いいね!」はコチラ!↓


にほんブログ村 格闘技ブログ 相撲・大相撲へ
にほんブログ村

にほんブログ村 歴史ブログ 日本の伝統・文化へ
にほんブログ村