2020年07月16日

【栃煌山引退】当代随一、差し身のうまい力士でしたが、その愚直すぎる相撲の取り口には当ブログでは苦言を呈することも多かった・・・個人的には旭天鵬との優勝決定戦で敗れた一番が最も印象深い、お疲れ様でした

昨夕、栃煌山の引退が突如発表されました。

当ブログでは昨晩中に書きたかったですが、
個人的に時間も全くと言っていいほどあり
ませんで・・・。

就職した娘の仕事の関係で、最近、5時起き、
いや、4時半起きが普通になってきました。

これは、なかなかにキツイことなのですが、
元々5時半起きが普通でしたから、最近は
慣れてきました。

とはいえ、前の晩に11時前には寝なければ
起きられませんので、相対的に当ブログの
記事を書ける時間も減ってきたということ
です。

・・・個人的なことはさておいて、栃煌山の
引退について、少し述べておきましょう。

なにしろ、三役を25場所も務めた名力士
です。

本来であれば、全盛期にはいつ大関に
昇進してもおかしくはない実力を持って
いました。

ですが、取り口があまりにも愚直すぎた。

これねえ、本当にもったいない。

栃煌山ほどの実力があれば、あともう
少しの「うまさ」、あるいは「狡猾さ」
(いい意味で、ですよ)があれば、すぐ
にでも大関に昇進し、横綱への道だって
あったかもしれない。

典型的なのが白鵬との対戦です。

栃煌山は常に愚直に当たっては、白鵬に
いいように相撲を取られた。

「猫だまし」まで食らったこともあった。

バカにされまくった。

私が栃煌山の立場だったら、勝てない
相手には逆に猫だましをしようと思った
はずです。

ところが、性格なんでしょうねえ、栃煌山
はいつも同じような立ち合いで当たっては、
同じように白鵬に敗れ続けた。

その愚直すぎる相撲の取り口には当ブログ
では苦言を呈することも多かった。

なぜ、工夫をしないのか?

なぜ、奇をてらうようなことをしないのか?

・・・ですがねえ、引退に当たっての栃煌山に
関する記事を読めば、子供の頃からそういう
愚直な子供だったというではありませんか。

そういうことって、引退してからでないと
分からない。

ああするしかなかったんだろうなあ・・・。

そう思えば、栃煌山に苦言を呈し過ぎたかも
しれないという忸怩たる思いはあります。

ただ、栃煌山という力士は当代随一、差し身
のうまい力士ではありました。

これは間違いない。

特に、もろ差しに持っていく相撲は近年の
力士にはない「うまさ」がありました。

栃煌山本人は同学年の稀勢の里との最後の
一番を「最も印象に残る相撲」と語って
いましたが、個人的には、そして、多くの
栃煌山ファンにとっては、旭天鵬との優勝
決定戦の一番が最も印象深いのではない
でしょうか。

私にとっては、栃煌山といえば、あの優勝
決定戦の相撲です。

当時も当ブログでは、旭天鵬に肩入れを
していましたよ、私は。

だって、あの当時、旭天鵬は37歳。

一方の栃煌山は20代半ば。

「栃煌山にはこれから、まだまだ優勝の
チャンスはある」と、当ブログでも書いた
記憶があります。

ところが・・・。

優勝のチャンスというのは、そうそう回って
こないんですなあ。

結局、あの一番が栃煌山にとっては「最も
優勝に近付いた一番」となってしまいました。

その後は、何場所か前半戦で優勝争いの
トップに立つことはありましたが、優勝
賜杯を抱くことはできませんでした。

でも、ほとんどの力士は天皇賜杯を抱く
ことなく引退していくわけですから、
近付いただけでも立派だと思います。

栃煌山の引退の可能性は十両に陥落した
時からうすうす感じてはいましたが、
いざ、本当に引退となると、どの力士
でもそうですが、寂しいものです。

「お疲れ様でした」と最後に労いたいですね。



*栃煌山のグッズ、いくつか紹介しておき
ましょう。↓









posted by あらやまはじめ at 22:52| 神奈川 ☁| Comment(0) | 栃煌山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする






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