2019年03月30日

【訃報】元横綱・双羽黒、北尾光司さんを悼む・・・いろいろありましたが、私の高校時代の「ヒーロー」の一人でした、55歳は早い、ご冥福をお祈りいたします・・・

昨晩は、旧友と久々に飲みに行って、
帰宅も遅かったことから、この話題は
帰宅後、高二の娘から聞いて、今日、
スポーツ紙でじっくりと読んでは、
愕然とした次第です。

元横綱・双羽黒、北尾光司さんが急逝。

55歳。

早いですよ。

私と7歳しか違わない。

双羽黒という横綱、というか、力士を
覚えている相撲ファンも、オールド
ファンを除けば、今では少なくなって
きたのではないでしょうか。

双羽黒の全盛期は、私の高校時代、
1986年前後でした。

今から33年前。

あの頃は、千代の富士の一人横綱の
時代が続いていましてね。

やっぱり、ファンはもちろんのこと、
相撲協会だって、「もう一人、横綱を」
という機運は大きかった。

そんな中、急速に台頭してきたのが
北尾でした。

当時は「北尾」でしたからね。

今の角界で例えれば・・・。

ちょっと、見当たらないですね。

少し前の把瑠都がやや近かったでしょう
か。

いや、やっぱり、ちょっと違うかなあ・・・。

「規格外」という点は同じでも、北尾の
場合、安定感もありましたから。

だからこそ、把瑠都とは違い、横綱にも
昇進できました。

ただねえ・・・。

今思えば、相撲協会も横審もそうですが、
「千代の富士に対抗できる、もう一人の
横綱を」という期待をしすぎたが故に、
北尾、横綱昇進後は双羽黒になりました
が、彼には余計なプレッシャーをかけて
しまったのではないかと思います。

北尾光司さんには何の責任もありません。

あるとすれば、優勝なしで横綱に昇進
させた相撲協会と横審、もっと言えば、
「もう一人の横綱を」と待望した我々
相撲ファンにもあるというのが、私の
見解です。

ホント、北尾光司さんには「悪いことを
してしまった」という後悔の念が今も
あります。

私も過度に期待していましたから。

でも、その期待に値する力士であった
ということは、断言できます。

上背があって、懐も深く、組んだら、
千代の富士と互角に戦えた力士は
あの時代には北尾しかいなかった。

残念ながら短命に終わり、結果、その
後の横綱昇進へのハードルを上げた
きっかけとなった張本人でもあった
わけですが、それはそれで、角界に
足跡を残したとも言えるわけでして。

なんだろうなあ。

過小評価だけはしたくないですよ。

例えば、今、あの当時の北尾が角界に
いたらと想像すれば・・・。

白鵬とも互角に戦えるような力は
あったと私は確信しています。

それくらいの力士でした。

亡くなったから言うわけじゃない。

稀有な大型力士であったことは
間違いないんです。

それだけは分かってほしいなあ。

個人的には、私の高校時代の
「ヒーロー」の一人でもありました。

混乱する現在の角界で、提言できる
存在の一人でもあったと思っていた
だけに、残念極まりない。

無念だね。

無念の一言。

北尾光司さんのご冥福をお祈り
いたします・・・。




*双羽黒の勇姿、ご覧下さい。↓







posted by あらやまはじめ at 22:39| 神奈川 ☁| Comment(0) | 過去の名力士たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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