2015年06月21日

【訃報】日刊スポーツと東京中日スポーツの一面で、改めて、貴ノ浪さんを振り返りたい・・・よくぞ、一面に持ってきてくれましたよ

今日のスポーツ紙の一面は割れました。

浦和レッズを一面に持ってきたスポーツ紙
も多かったですが、やはり、今日は貴ノ浪
さんでしょう。

日刊スポーツと東京中日スポーツで一面に
持ってきてくれました。

よくぞ、持ってきてくれましたよ。

感謝したいですね。

この二紙は、近年、相撲に関する記事を
一面に持ってくるという点では双璧です。

元々、「相撲に強かった」スポニチは、
どこへ行ってしまったのか・・・。

それはさておき、この二紙で貴ノ浪さん
の軌跡を今日はじっくりと振り返りました
が、私が「おっ」と思ったのは、日刊
スポーツの10面です。

ここには、ニッカンの記者の追悼記事が
二つ載っていましたが、その一つ、「審判
委員よりも早く物言い」の記事が目を
引きました。

これ、昨日、私も当ブログで指摘しま
したが、そうなんですよ。

読んで改めて思い出した。

1996年の初場所でしたか。

初優勝を飾った場所でもあったんです
ねえ。

それは覚えていませんでした。

ただねえ、私が注目したのは、土俵下で
待っている力士が物言いをつけるという
ことを、「当時は記者でさえほとんど
知らなかった」という点です。

確かに、私も、それ以前に土俵下の力士が
物言いをつける姿は見たことがなかった
だけに、かなり大きな印象を受けたのです
が、それは記者も同じだったんですねえ。

だからこそ、大きくクローズアップされた
のかな。

昨年、白鵬が鶴竜の取組で物言いをつけた
姿は記憶に新しいですが、これも貴ノ浪
さんが先鞭をつけたからこそ、と言える
かもしれませんねえ。

また、この初場所で初優勝を飾った貴ノ浪
さんが、貴乃花との優勝決定戦でかわず掛け
で破った一番も、この記事で思い出しました。

その貴乃花が「何十年に一人かそれ以上の
存在」と言っていたことも、初めて知り
ました。

貴乃花よりも体が大きく、懐も深く、貴乃花
にはないものを持っていたのは事実ですから
ねえ。

貴乃花も、それだけ評価していたということ
が分かります。

今後のことに関しては、ニッカンのもう一人
の記者が「近い将来の貴乃花理事長誕生時に
は、参謀になったのは間違いない」と語って
いましたが、我が意を得たりですね。

いわゆる「改革派」の貴乃花親方を後押し
するために、貴ノ浪さんが奔走していた
ことは、今日のスポーツ紙でもよく分かり
ました。

しかしねえ・・・。

43歳でしょう?

早いですよ。

早すぎますよ。

私の一学年下。

なんかねえ、こういう訃報を聞くと、私も
「命を大切にしないとなあ」と我が身を
改めて引き締めたくなる思いですよ。

大切にしても、貴ノ浪さんの場合、心不全
だったそうですから、どうにもならなかった
のかもしれませんが・・・。

怖いねえ。

急性心不全じゃ、防ぎようもないでしょう
しねえ・・・。

本当に、残されたご家族が気の毒でならない。

私も少し、我が身を大切にしたいと改めて
思いました。

防げるであろうことは、防げるように頑張ら
ないとね。

中二の娘もいることだしね。

改めて、貴ノ浪さん、音羽山親方のご冥福を
お祈りいたします。

そして、「ありがとうございました」と言い
たいですね。

貴ノ浪さんの相撲には、特に晩年は、私も
励まされることが多かったですからね。

どうぞ、安らかに・・・。


posted by あらやまはじめ at 22:32| 神奈川 ☁ | TrackBack(0) | 訃報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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