2014年11月18日

【番外】高倉健さんへのご冥福をお祈りするとともに・・・栃赤城についてちょっと語らせて下さい

先程、公式ブログでも【速報】で取り
上げさせて頂きましたが、俳優の高倉健
さんがお亡くなりになっていたことが
分かりました。

10日前にお亡くなりになっていたという
ことですが、今日になって我々が知る
ところとなり、訃報に接していると、
やっぱり、喪失感がものすごく大きい
ですよ。

最後まで役者を続けたわけですからね、
83歳まで。

私はほとんど映画というものを見ません
が、それでも健さんの偉大さは子供の頃
から伝え知っているわけで、近年も映画
の主役を張り続けたわけですからねえ。

相撲ファンの中にも「健さんファン」は
多かったことと思います。

ご冥福をお祈りいたします。

さて、喪失感は大きいのですが、それ
でも私は私で日々やれることをやって
いるわけで、先程も90年代のスポーツ紙
のコレクションブログの記事を更新して
いたら、栃赤城の訃報記事の一面が出て
きましたので、当ブログでも取り上げたい
と思います。

健さんの訃報に続き、栃赤城の訃報に
ついても述べるのは気が重いですが、
当ブログでもこの名力士について、
過去に取り上げたことがなかったはず
ですから、ちょっと語らせて下さい。

まずは、先程、「90年代スポーツ新聞
コレクションブログ」に取り上げた写真
と記事のリンクを貼っておきますね。↓


・【1997年一面コレ50】「サーカス相撲」の栃赤城が急死・・・42歳とは、今の私と同い年じゃあないですか
http://arayama-ichimen90.seesaa.net/article/409125283.html

nikkan_19970819_sumo_tochiakagi.JPG


記事の中でも触れましたが、栃赤城と
いう力士、おそらく私くらいの世代まで
じゃあないですかね、その現役時代を
知っているのは。

全盛期は昭和54年(1979年)。

私は小学3年生でした。

この年の九州場所では、横綱を3人破り、
「金星3個」の記録を残しています。

しかし、その後、度重なるケガもあり、
十両に落ち、幕下に落ち・・・。

私が高校生の頃(1986年〜89年)は、
ずっと幕下で相撲を取っていた。

しかし、関脇まで上り詰めては、時代
を作った男が、よくぞ幕下で何年も
相撲を取り続けたものだと、今では
尊敬すらします。

栃赤城で思い出すのは「さかとったり」
です。

この技、漢字で書けば「逆とったり」
ですから、いわゆる「とったり」の逆、
ということですが、通常の土俵では
まず見られません。

ところが、この技を栃赤城は得意と
しており、昭和54年7月場所には当時
大関の三重ノ海相手に決めています。

子供心に、こういう珍手を決める力士
というのは、「ヒーロー」的な存在
でもありましてねえ。

よく、真似したものですよ。

真似できませんでしたがね。

この一番、私も持っている「国技大相撲」
DVDのVol.11(昭和53年〜55年)に入って
います。

先の「3横綱からの金星」もすべて収録
されていますから、興味のある方はぜひ
ご覧になってみて下さい。

しかし、42歳でお亡くなりになったわけ
ですからねえ、栃赤城も。

今の私とほぼ同い年。

生きていれば、59歳と、まだ相撲協会
では定年前ですよ。

重ね重ね残念ですね。

遅ればせながら、ご冥福をお祈りしたい
と思います。



*文中で紹介したDVDはこれです! ↓

posted by あらやまはじめ at 13:00| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の名力士たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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