2014年05月19日

【訃報】元魁傑の放駒前理事長が急死…八百長問題が命を縮めた、としか言いようがないですよ

昨日の大相撲夏場所の中日が終わった
後でしたか、突然の訃報を聞き、
言葉を失いました。

元大関、魁傑の放駒前理事長が、
ゴルフのプレー中に倒れ、そのまま
帰らぬ人になったと。

私が相撲を見始めた小学校低学年の
頃、魁傑さん(と、呼ばせて下さい)
は既に晩年で、引退間近だったこと
もあり、正直その相撲に関しては、
記憶がありません。

ただ、相撲を見始め、過去の記録
などにも目を向け始めたとき、魁傑
さんが、大関に昇進するも、陥落し、
一度は平幕まで落ちながらも、再度
大関に返り咲いたことを知り、強く
印象に残ったことは確かです。

小さい頃のそういう印象というものは、
大人になってからも変わるものでは
なく、晩年は何と言っても、八百長
問題の時の理事長として、数々の
改革を断行したわけですが、私の
記憶はあの時のままでした。

今朝のスポーツ紙では、日刊スポーツ
が唯一魁傑さんを一面に持ってきて、
2面と3面も魁傑さん関連記事を持って
きましたが、平幕まで落ちながらも
大関に返り咲いたのは、魁傑さん
だけなんだそうですね。

こういう人でなければ、八百長問題
の解決に当たることはできなかった
のかもしれない。

八百長をしていたら、平幕まで落ちて
大関に返り咲くこともなかっただろう
しね。

しかし、だからこそ、八百長まみれの
相撲界からは反発を受け、結果的には
命を縮めてしまった感はあります。

なんということでしょう。

しかし、魁傑さんの偉業は、いずれ
歴史が評価してくれると思いますよ。

八百長力士を解雇したり、本場所を
中止にしたり、信頼回復のため、
技量審査場所を開くとともに、観戦を
無料にしたり、歴代の理事長がやらな
かったことを断行してきました。

その手法は時に強引だったかもしれ
ません。

ですが、魁傑さんのようなクリーンな
人でなければできなかったことも事実。

こういう人に限って早死にする。

残念でなりません。

今後ももっと、相撲界に注文をつけて
ほしかった。

ご冥福をお祈りいたします。
posted by あらやまはじめ at 08:53| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 訃報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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