2012年09月23日

「グルジアの」黒海関、お疲れ様でした・・・

昨日、既に新聞では報道されて
いましたが、元小結の黒海関が
正式に引退を表明しました。

まだ、31歳かあ・・・。

この力士の出身はグルジアです
が、私はこのグルジアという国
には大学時代から親しみが
ありましてね。

と言いますのも、私は1990年の
1月からアメリカへ留学し始めました
が、そのきっかけの一つとなった
のが、1989年の東欧革命並びに
(当時の)ソ連のゴルバチョフ書記長
による改革でした。

「新しい時代が来る!」

と。

後で振り返れば、冷戦の終了期
となったわけですが、そのソ連
のゴルバチョフ書記長とともに、
外交で大きな役割を果たした
のが、当時の外務大臣、シェワルナゼ
氏でした。

1990年当時は、まだまだソ連が
不安定な時期でして、ゴルバチョフ
氏とシェワルナゼ氏の動向はいつも
新聞でチェックしていた記憶があり
ます(英和辞書を引きながら)。

9月からの1学期目では、私は
5科目を選択しましたが、その
中の1つがロシア語でした。

「ゴルバチョフ、シェワルナゼ両氏の
ロシア語が分かるようになりたい」
思いからです(それは、叶い
ませんでしたが)。

そして、92年のソ連の崩壊に
伴い、グルジアは独立し、グルジア
出身だったシェワルナゼ氏はグルジアの
初代大統領となります。

この一連の流れを、英語を日々
懸命に覚えながら、勉強しながら、
アメリカで見てきたので、忘れられ
ないのです。

当然、グルジア(英語表記上は
「Georgia(ジョージア)」です
が)に親しみを覚えないわけ
がありません。

・・・ちょっと歴史の話になって
しまいましたが、そのような
背景があって、私は黒海という
グルジア出身の力士を見てきたと
いうわけです。

相撲界にとっては、ヨーロッパ出身
力士の草分けですしねえ・・・。

最高位は小結でしたが、全盛時
の豪快な相撲は忘れられません
し、あの濃いヒゲも印象的でした
ね。

今後はグルジアに戻るそうです
が、私はねえ、彼には日本と
グルジアの友好の懸け橋的な
役割を担ってほしいと切に願い
ますね。

彼にしかできないことがあり
ます。

「グルジア」という国名を日本
に知らしめた、最大の功労者、
黒海関。

お疲れ様でした。

ラベル:黒海 グルジア
posted by あらやまはじめ at 11:38| 神奈川 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 引退関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
Posted by 株の投資 at 2014年01月26日 14:42
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック






「いいね!」はコチラ!↓


にほんブログ村 格闘技ブログ 相撲・大相撲へ
にほんブログ村

にほんブログ村 歴史ブログ 日本の伝統・文化へ
にほんブログ村