2019年11月15日

【令和元年大相撲九州場所・六日目速報】「白鵬×明生」戦、なぜ行司の式守伊之助は最初の立ち合いで止めたのか、アホか?・・・御嶽海は宝富士にいいところなく敗れましたが、明日からでも遅くない、休場すべきです

今日はまず、結びの「白鵬×明生」戦から
早速振り返ってみたいと思います。

この一番には、いろいろ考えさせられ
ましたから。

立ち合い、白鵬は張っていかず、胸から
当たり、明生もすぐに右を差しました。

「これは面白くなる!」と思った。

ところが・・・。

ここで、行司の式守伊之助が「待った」
をかけました。

なぜ?

おそらく、伊之助は明生の「手付き不十分」
を間近で見て、分かったいたのでしょう。

が、視聴者からすれば、何の問題もない
立ち合いでした。

立ち合いの「手付き不十分」について、
普段、なかなか取り上げる機会もあり
ません。

今日の一番が好例でしたから、ちょっと
掘り下げてみましょう。

現在、角界では「立ち合いの際、両手が
仕切り線に付かなければ、待ったがかかる」
という決まりとなっています。

それは、90年代前半に、当時の二子山
理事長が「土俵の正常化」を考えて、
決めたことであり、それはそれで私も
「そうすべきだ」とは思っています。

が、二子山理事長の現役時代は知り
ませんが、私が相撲を見始めた昭和
50年代の前半は、立ち合い、仕切り線
に両手を付く力士など一人もいません
でした。

そして、ここが問題ですが、二子山
理事長の改革の後も、仕切り線に両手
を付かない力士は後を絶ちません。

個人的な見解を述べさせて頂ければ、
「仕切り線に両手を付く必要は必ず
しも、ない」というのが私の立場
です。

というのも、相撲というものは、
「厳格なルールの元でされるべき
スポーツではない」からです。

基本、相撲というものは「曖昧」
なんですよ。

何から何まで。

しかし、その「曖昧」さがあったから
こそ、戦争で敗戦した際には「相撲
不要論」が巻き起こりながらも、
ここまで連綿と続いてきたという
歴史があります。

時代によって、変化を遂げてきたから
こそ、大相撲は今に至っているんです。

よって、「仕切り線に両手を付く必要」
など、実はないんですよ。

ただ、「そうした方が相撲美が映える」と
でも思ったのでしょう、二子山理事長は。

それも「時代時代による変化」を求めた
からではないかと推測します。

もし、今の相撲協会が立ち合いの手付き
について「厳格化」するとすれば、
「立ち合い、両者は仕切り線に両手を
付かなければ、すべて行司が待ったを
かける」となります。

ですが、そんな大相撲、誰が面白いと
思うか?

その「厳格さ」を求めたが故、今日の
「白鵬×明生」戦は、伊之助の「待った」
でつまらなくなった。

はっきり言って、私は「アホか」と思った。

ただ、伊之助は相撲協会の「厳格さ」を
忠実に守っただけであり、伊之助ばかりを
非難するのは野暮ではあります。

結局のところ、相撲協会がはっきりと
した基準を示していないから、こういう
問題が起きます。

私なりに基準を示せば・・・。

「片手は必ず仕切り線に付く。もう一方の
片手は立ち合い、仕切り線に付くか付か
ないか、微妙であれば、行司か審判部が
待ったをかける」

・・・なに、今日と同じではないかと?

ここがツラいところです。

補足を追記しましょう。

「両力士の立ち合いが明らかに成立
していれば、行司は止めるべきでは
ない」

これでどうでしょう?

相撲は「曖昧」であるが故、何百年も
続いてきました。

野球やサッカーとは違うんです。

立ち合いも上記のような「曖昧さ」を
もって、それでも、今日の一番のように
「立ち合いが明らかに成立している」
ような場合は、行司は口を挟むべき
ではないというのが、私の立場です。

・・・難しいかなあ。

いや、難しくないと思いますよ。

だって、今日の「白鵬×明生」戦の
最初の立ち合いは、「見応えがある!」
と一瞬、興奮しましたもの。

・・・長くなってしまいましたが、これは
どこかで取り上げたいと思っていた
懸案です。

ぜひ、読者の皆様もお考え下さいませ。

最後に、御嶽海が4敗目を喫した宝富士
戦について一言。

御嶽海は今日も右まぶたに絆創膏を
貼っていましたが、ここ三日間、
右目が見えない状態で相撲をとって
いることが明らかです。

今日も宝富士に左を差され、御嶽海は
残す力もなく、あっけなく敗れては
4敗目を喫しました。

マスコミは「御嶽海、大関昇進消滅」
などと書いていますが、それどころ
ではなく、御嶽海からすれば今後の
相撲人生に関わるここ数日の取組
でした。

今からでも遅くない、休場すべきです。

ここ2、3日の御嶽海の相撲を見れば、
本来の御嶽海らしい前に出る相撲は
全くない。

私は御嶽海ファンではありませんが、
相撲ファンです。

相撲界全体を考えれば、御嶽海は
今無理すべきではありません。

公傷制度の復活を当ブログでなんぼ
熱弁しても、だれも聞いてくれません
から、あえて改めて言いますが、今の
親方衆はその現役時代、公傷制度の
おかげで現役を長らえた。

我が身はかわいくても、現役力士には
「苦労をさせろ」ということか。

現在の相撲協会の傲慢さは、この上
なくはなはだしい。

ついでに言わせてもらえば、当ブログ
では腐るほど何百回も繰り返している
ことですが、明生戦で白鵬が二度目の
立ち合いで見せた「張り差しとエルボー」
を横審はなぜ苦言を呈さないのか。

「ロートル集団」である横審に私は何の
期待もしてはいませんが、であれば、
何のためにあの年寄り集団は存在して
いるのか。

もはや、機能不全の横審など、解体すべき
ではないのか。

むしろ、横審に代わる団体を相撲協会
主導で作るべきです。

横審、あんな、何もしないクソ団体
など、無用の長物。

動いてほしい時に、なぜ、何もしない?

・・・キリがないので、今日はこの辺に
しておきます。

今場所はつまらないな、全体的に。



*行司もいなければ、大相撲は成り立ち
ませんが・・・今日はあまりにもひどかった。↓




posted by あらやまはじめ at 22:51| 神奈川 ☀| Comment(0) | 行司 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする






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