2012年04月16日

【アーカイブス20111107】【訃報】急死? 抹殺? 元横綱・隆の里の鳴戸親方

さて、アーカイブスで昨年2011年の
秋場所が終わりました。

今回紹介するのは、昨年の九州
場所直前に入ってきた訃報です。

詳細は下記の記事をご覧頂きたい
のですが、その後、特に掘り
下げた記事は週刊誌等でも
ありませんね。

私は今でも「怪死」と思って
います。


【アーカイブス20111107】

【タイトル】
【訃報】急死? 抹殺? 
元横綱・隆の里の鳴戸親方

【記事】

無念です。

またしても、相撲界の大切な
人材が「抹殺」されました。

今夕、元・第59代横綱隆の里
の鳴戸親方が急死とのニュース
が入りました。

今場所、鳴戸部屋の出世頭で
ある関脇・稀勢の里の大関
昇進がかかっています。

そんな中、鳴戸親方、さらには、
稀勢の里も絡んだ、「弟子への
暴行」が週刊誌で取り沙汰され、
放駒理事長も「これから、本人
にも調査する」と言っていた
矢先のこの急死です。

これを「抹殺」と言わずして、
何を抹殺と言えるでしょうか?

以前にも似たようなことがあり
ました。

相撲界の八百長についての本を
出版しようとしていた、大鳴戸
親方(元高鐵山)と、その
関係者が同日、同じ病院で亡く
なるとの悲劇です。

未だ、謎ですが、私は「陰謀説」
を疑ってやみません。

ありえないことがあってはいけ
ないのです。

そして、今回の鳴戸親方、これ
も「ありえないこと」ですよ。

見えない力が相撲界には蠢いて
います。

今回、鳴戸親方もその犠牲に
なったのでしょう。

一相撲ファンとして、無念です。

少し、「隆の里」について話さ
せてください。

彼は、私がファンだった二代目
若乃花(現・間垣親方・・・今、
車椅子生活ですが)と一緒の列車
で青森から上京し、二子山部屋に
入門しました。

同期の若乃花(横綱になるまでは
「若三杉」でしたが)に出世争い
では負け、先に若乃花が大関・
横綱になりましたが、晩年ケガに
悩み、早くに引退を余儀なくされ
ました。

その後です、隆の里が台頭して
くるのは。

昭和57〜58年頃でしょうか、当時
は横綱千代の富士が圧倒的な強さ
で、そろそろ「他の力士は何を
やってるんだ」という時期でした。

そこへ現れたのが、「ポパイ」
隆の里でした。

糖尿病を克服し、30歳を過ぎて
横綱になった隆の里、当時人気の
ドラマにあやかって「おしん横綱」
とも言われました。

全盛期は、短かったですが、
とにかく千代の富士に強かった、
という印象が強烈に残っています。

全勝優勝も含め、4回幕内優勝を
飾りましたが、高齢だったことも
あり、短命横綱で終わったのは
残念でした。

親方になってからも、現在の
稀勢の里を始め、数々の力士を
育ててきましたが、「厳しい」
ことで有名でした。

それは、親方自身が「厳しさ」
に耐えたからこその厳しさ
だったと思いますが、時に理解
されないこともあったことは
事実です。

それが、今回の「騒動」に
つながりました。

でも、「葬る」ことはない
だろう!

暗澹たる、どんよりした相撲界
の悪しき一面がまた今回、何者
かの「見えない力」によって、
隆の里を「抹殺」してしまった
・・・。

あっちゃいけない、こんなこと
は。

何度同じことを繰り返せばいい
のか、日本相撲協会は?

これでは、弟子の稀勢の里も、
九州場所の相撲を取りづらく
なるでしょう。

もう、いい加減にしてくれよ。

相撲ファンをどこまで愚弄
すれば気が済むのか?

オレは、納得いかない。

新聞には期待できないから、
週刊ポストあたりで、徹底追及
して頂きたいものです。

なにはともあれ、隆の里、いや、
鳴戸親方、私は、現役時代の
あなたに勇気づけられました。

ご冥福をお祈りいたします。
ラベル:鳴戸親方 隆の里
posted by あらやまはじめ at 19:52| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 訃報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする






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